あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)

宮本百合子

あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)書籍情報

底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年5月30日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房
   1953(昭和28)年1月発行
初出:「宮本百合子選集 第六巻」安芸書房
   1948(昭和23)年12月発行
入力:柴田卓治
校正:磐余彦

あとがき(『宮本百合子選集』第六巻) 4

宮本百合子

 プロレタリア文学運動が、端緒的であった自身の文学理論を一歩一歩と前進させながら、作品活動も旺盛に行っているのに対して、ブルジョア文学は、そのころから不可抗に創造力の衰退と発展性の喪失をしめしだした。日本資本主義高揚期であった明治末及び大正時代に活動しはじめた永井荷風、志賀直哉、芥川龍之介、菊池寛、谷崎潤一郎その他の作家たちは、丁度それぞれの段階での活動期を終ったときだった。これらの作家たちは無産階級運動とその芸術運動の擡頭しはじめた日本の新しい社会と文学の動揺のなかに、各自の発展の道を求めなければならなかったのであったが、これらの人々がこんにち自身をおいている状態からみても一目瞭然であるとおり、誰もが自身の既成文壇においての地位を肯定し、個人的な才能に未来の打開をたのんだ。無産階級の芸術運動と旧文壇とは互にゆずることのない粘りづよさで対立した。
 真実の発展を自分たちに向って拒みつつあるブルジョア文学のひこばえとしてこの時期に発生したのが、横光利一その他の人々の新感覚派のグループであった。それぞれの権威で文壇を封鎖している旧いブルジョア文学にはあき足らず、さりとて無産階級の文学運動に対しては自分たちの属している社会層の小市民風な生活感情から共感がもてず、どちらに向っても抵抗しながらドイツの表現派の手法を模して漠然と新しい生活と芸術の感覚を主張して、自身の存在意義を見出してゆこうとしたのがこの新感覚派であった。